■2024-08-19(月)数学的ということ

「アメリカでは、脚本の作り方が数学的で最初おどろいた」

という記事を読んだ。

ドラマの筋書き上、最初にこういうことが必要とか、

このタイミングで、このセリフがないと対立構造が深められないとか、

パズルみたいにやっていくとのこと。

そうすると、ロジカルに先を見越した作り方ができるので、

脚本製作がチームでできるとのことであった。

 

なるほど。

 

脚本作りだけでなく、「数学的に」というのは、

いろいろなことで威力を持つものだろうと思う。

つまり、人が違っても同じ成果を精度高くだせるようになったり、

あることを数字(というか、ロジカルな思考を持って)

チームでできるようになる、ということだ。

 

では、芸術面ではどうだろうか。

たとえば「絵描きを数学的にやる」というのは、どういうことか。

 

混色での色の作り方や、影の部分の表現の仕方とか、

それらをロジカルにはできる。

一旦、できるようになると、いつでもできる引き出しとできるようなところは

数字的にやっているということだろう。

自分としては、これでやれるところは、どんどんやってしまうのが

いいだろうな、と思う。

ただ、そのうえで、「これはいい」というのは、

「数学的でないなにか」

も必要だろうな、と思う。

 

で、数学的にやれることは、きっと

芸術面ではマイナスではない、と思う。

 

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