ここ数日、ChatGPTを使ってみての記事を書いた。
実は先週末は本屋にいって、生成AIを活用するための
本をざっと眺めてみたりもしている。
ブログの文章を書くことに利用したり、
文章だけでなく、画像や音楽についても
生成AIのコンテンツがいろいろある。
いずれも面白そうだ、と思ったが、一方で、
「それでブログを書けます」
「作曲できます」
という内容の本もあって、それらには違和感を持った。
ChatGPTを使っての文章は、確かに即、
一定レベルの文章が書けてしまう。
しかしそれを持って「自分のブログ」とするのは、
自分は、やらないしできない、と思った。
文章は自分自身だと思う。
自分のブログは自分が気持ちいいと
思う内容、文体しか書けない。
それを自動でしてもらっても
「よけいなお世話」、と思うもの。
一方、ここ数日やったように、
「それを使って遊んでみたことを書く」
というのは、とても楽しかった。
というようなことを経て・・・
将棋の世界ではAIを使って研究した上で
最高のパフォーマンスを出すのが普通になっている。
文章書きとかも、生成AIを自在に使って、
自分の文章を高いレベルで生成していくことが
普通になっていくのかも・・・
<過去の今日>
2022-10-06 ■2022-10-05(水)弾けない部分について
https://y1kirihara.hatenablog.com/entry/2022/10/06/082118
2021-10-06 ■20211005(火)ときどき書けないとき
https://y1kirihara.hatenablog.com/entry/2021/10/06/074023
2019-10-07 ■20191006(日)趣味のバランス
https://y1kirihara.hatenablog.com/entry/2019/10/07/123000
https://y1kirihara.hatenablog.com/archive/2018/10
「来年の手帳物色」
http://d.hatena.ne.jp/y1kirihara/20171006
「ブログ一気書き」
http://d.hatena.ne.jp/y1kirihara/20161006
「朝の気分と夜食」
http://d.hatena.ne.jp/y1kirihara/20151006
「忙しいけど、それが楽しいと言ってみる」
http://d.hatena.ne.jp/y1kirihara/20141006
「トレラン用のゲイター購入を検討したが・・・」
http://d.hatena.ne.jp/y1kirihara/20131006