「考える」時間

ときどき、
「インターネットで時間を費やし過ぎた」
と思うことがある。
人間の脳は、なにか新しいことを知りが立っていて、
「知る」という経験は「気持ちいい」が発動するとのこと。


昔の人は、インターネットはなかった。
そのときは、もっと自分の身の廻りの物からの
気づきを大事にしていたのではないだろうか。
そして「知る」ではなくて、「考える」を
もっとしていただろうと思う。


「知る」のは楽しいので、そればかりで、
「考える」が少なくなっていないだろうか。
もしそうだとすると、どのような影響があるだろうか・・・


現在はほんとに「知る」が簡単にできる。
とてもすばらしい時代と思う。


ただ、そういうときだから、一段と「考える」を
大事にしていこう。


■<過去の今日>
「全力仕事中」
http://d.hatena.ne.jp/y1kirihara/20160914
「フィクションとして「アメリカからの通告」」
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「 「太陽のマルシェ」をみてきた」
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「丹沢の大山に登ってきた」
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