タイトル:井上有一 / 書は万人の芸術である
著者 海上雅臣 出版 2005.2
読了した。
日本を代表する書家。
(1916〜1985年)
気合が入りまくった、
とても大きい1字
のシリーズが有名で、
たまたまパソコンで、その字の
ひとつに遭遇して、
これはすごい、と思い、
誰が書いたんだろう、と
探してみていきついたもの。
ちなみに、
大体自分は1冊の本を読むのは、
3日くらい、長くても10日くらいなのだが、
この本は3週間以上かかった。
「休まる気分で読む」
といった感じではなく、
「気合を入れて読む」
が必要だったため。
この方は、
芸術家だが、生涯を一教師として
歩んでこられており、
全うな教師生活をしながら、
世界的に有名な書家としても
生きられた方だった。
そういう文を最初の方で読んで、
まず自分が思ったのは、
「書で飯を食っていく」
という判断はなかったのだろうか、
ということ。
教師になったのは、
「家が貧しくて、美術家になりたかったのだが
とてもそんな状況ではなかったから」
なのだが、その後、書に転向し、
世界的に成功する。
ここで、「書のプロ」
としていく道は?
という考えだ。
しかし、読み進めていると、
また、その作品の「貧」、「花」、「上」
「愚徹」とかみていると、
生涯一教師をしながら、
お金の工面に苦しみながら、
なのだが、これはこれで、
よかったのか・・・・
というか、これこそが井上氏の
スタイルだったのだな、という気持ちになった。
昨日宮崎駿氏は、
「人をたのしませたい」
という気持ちが原動力となっていると書いた。
自分のもっとも好きな世界を
職業としていくには、
この有責感を自分の一番好きなことに
向けていかねばならない。
井上氏の場合は、
社会(家族とかも含む)に対する有責感
は、教師をすることで果たし、
書は自由にやりたかったのだと思う。
というか、そうしかできなかったのだ。
芸術を求める気持ちと、
社会への有責感。
仕事と趣味。
職業。
いろんなことが
頭に浮かぶのだが・・・・
<昨年の今日>
http://d.hatena.ne.jp/y1kirihara/20070806
<目に入ったニュース>
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