スペース:休符の演奏=想像力をかき立てられる?

自分の母親は習字の先生をやっている。習字における美しさはいろいろあり、墨と筆で書く、線の勢いなどに感情をこめていくところがメインではなるのだろうが、あわせて大事なのが、白の部分、すなわち何も書いていないスペースと黒の部分の割合だそうだ。
つまりスペースのあり方がポイントになるとのこと。
彫刻ではあの腕のないミロのビーナスがそうだろう。
音楽での達人はマイルスデイビスかな。
あの音の切り方というか、演奏を止めるタイミングというのは、すごい。
いま自分はスローな曲を練習しているが、とても美しくというか、かっこよく弾けるときと全然ダメなときがある。うまくいかない時の原因として、ピッキングの調子ももちろんあるが、もうひとつ、このスペースというか、間のとりかたがうまくいかないときも、やはり美しく弾けない事に気づいた。
この間のとりかたがうまくいかないときはやっかいだ。
最悪のときは、演奏している曲のなにをもって美しいと思っていたか、見失う時がある。簡単にいうと、曲に飽きてしまって感情移入できなくなったときだ。この場合、曲の中のスペースをどのように設けるかが全く分からなくなってしまう。
ゆっくりした曲で自分の感情移入ができると、相当気分がいいのだが、1回できても、続くかどうかがわからないところが、難しい所だ。

スペース:ものの入れ場所として捉える。

特に文章を書く時に感じるが、スペースを決めることが凄く大事だ。文書を書く時、メモ帳に書くのと、ノートに書くのと、A3用紙に書くのでは全く頭の使い方が違う。
アイディアを紙に書く時にも、書く範囲を先に決めてしまうやり方が重宝されているケースがある。曼荼羅ノートといって、正方形を縦横3つにわけ、9個の小さな正方形とし、真ん中に主題を記載して周りを思いつくまま埋めていく方法があるが、これなどは、周りの数とスペースが決まっていることも、心理的に楽な方向になっていると思う。
音楽では、コード進行と小節数を先に決めてしまうやり方は安易であるが楽だ。
分かりやすさにも繋がると思う。


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