3-1  演奏スタイル

「好きな音楽は・・・自分のスタイルは・・・・」 
と、聞かれたら・・・・今の自分の答えは
「いろいろです。それと、いまだに探してます。」
と答えてしまう。不誠実にそう答えているわけではない。
本当にいろいろな種類の音楽がそれぞれ楽しく、美しいと思えているのだ。
 
クラスタでのフリーコンサート、これは15人のアマチュアギタリストの発表会みたいな場であるが、毎回参加するたびに、演奏スタイルというのは、本当にいろいろあるなと思う。
同じギターという楽器なのだが、これほど違うものか! と驚くほど、いろいろなスタイルで演奏がなされる。かつ、同じスタイルでも、人が違えば違ってくる。たとえば、ある日のクラスタではフラメンコの方が3人いたのだが、その3人もやはり相当違っていた。

当たり前の感想だが、演奏イコールまさにその人の趣向・性格なのだ。 
そんなことをわかった上で、
「で、じゃあ自分は?」
ということを考えてみると、なんと節操のないことか・・・

「発表する場があるのなら、毎回できるだけ違う曲をやっていきたい」という漠然とした欲求に加え、ボーカル曲の編曲が好き、映画音楽のアレンジ、オリジナル曲、有名ギタリストのコピー、果ては演歌といった趣向の雑食性が加わり、本当に雑多。
正直、クラスタで自分の演奏聴いた人は、毎回まったく違う印象を持たれるだろう・・・・ 
ある回、おごそかにバッハを弾いたものが、次の回(注>1ヶ月に1回フリーコンサートは開かれる)アドリブバリバリのブルースをやって、更に次の回は古賀メロディーを弾いているといった状況・・・・。
クラスタで心ある友人はアドバイスとして、
「もう少し曲絞ったら」
といってくれる。このアドバイスは裏返すと、
「もっと上手に弾けるよ(今回はいまいちだったけどね)」
ということで、反省しきりなのだ・・・。
一つ言い訳すると、自分のポリシーとして、
「曲に飽きた演奏をしたくない」
ということがある。そして自分は大変飽きやすい性格なのだ。だから、
「節操ないけど、とりあえず、いまはこれでいい」
と納得してしまっている。
一方、この納得と正反対の欲求なのだが、
「自分のスタイルがほしい」
との考えも、当然ながらある。これはミュージシャンというか、芸術家にとっての、みんなが持っているものだろう。たとえそれがアマチュアの趣味のレベルであるにしろ・・・

昔々。フィンガーピッキングの大御所の中川イサト氏の話で、次のようなものをなにかで読んだことがある。
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ステファングロスマン(米国のフィンガーピッカーの大御所、たしかいっしょにジョンレンボーンもいたとかかれていた気がする。・・・正確に覚えてない。)の前で、「オレンジ」というラグスタイルの曲を弾いたが、まったく興味を示してもらえなかった。
その後、「きつねの嫁入り」という自分にとって、自分の国の雰囲気、つまり和風テイストをもっていると
感じている曲を弾いたら、真剣にきいてくれた。それから、自分の中にある日本人としてのテイストを出していくことを追い求めている・・・
/////////////////////////////////////////以上
といったような話だった。 すごくよくわかる。
だから、時々自問する。
「自分はなにを求めているの?」 
いまのところ、その答えを考えることも楽しいから、
「いろいろなんですよ。・・・・」
という答えになってしまう。
ひょっとして、ずっとこのままかもしれないし、あるとき、ある種の音楽に、自分はこれが一番好きとしてはまり込むかもしれない。いずれにしろ、計算で出来るようなものではないと思っている。
どうであれ自分のスタイルを追うことはいつも意識してしまうものだし、意識していきたいと思う。