旅や出張に出たとき、小さなノートに思うことを
とにかく書き連ねたくなるときがある。
そして、そういう出張とかが終わったあとに、
普通の生活においても、そういういろいろなことを
書き連ねたい、と思って、A6とかの小さなノートを
持ってみたり、ということを何度か実施している。
しかし、そうしてみると、思うようにけけない。
しばらくして、そのノートはあまり書かれないまま、
机の隅にわすれられるような状況になる。
というのを幾度となく経験している。
この状況を改めて考えてみた。
つまり、「書きたい」といおうのは、
「普通と違ったことをしていると、心の中の
深層意識がいろいろ動く」
ということなのかな、と思った。
この「書きたい感じ」は「深層意識が活発なとき」
でこれが出てきたときはスラスラと筆が進む。
そういう考えにいたったことから、
「この感じに普段にも自在にアクセスできるようになったら・・・」
ということを考えが至った。
つまり、自分の中の普段見えない可能性がある程度
意識的に使えるようになるのでは、と思ったもの。
もちろん、津kれているときに、そうなってしまうとつらそうだし、
思い出したくない深層記憶にアクセスしてしまう、
といったことになってしまってはよろしくない。
こういうことまで含めて、自由にコントロールできたら、
と思うが、できないから、深層意識なのだろうな。
とにかく、まあ、楽しく書けるとき、を大事にしたい。。
<過去の今日>
2020-12-04 ■20201203(木)マスクはとりあえず使い捨てタイプかな
https://y1kirihara.hatenablog.com/entry/2020/12/04/074400
2019-12-04 ■20191203(火)自己ベスト達成要因
https://y1kirihara.hatenablog.com/entry/2019/12/04/123000
https://y1kirihara.hatenablog.com/entry/20181203
「今年もヤマセミに会えた」
http://d.hatena.ne.jp/y1kirihara/20171203
http://d.hatena.ne.jp/y1kirihara/20161203
「左手小指をちょっと故障」
http://d.hatena.ne.jp/y1kirihara/20151203
「あぶく銭」
http://d.hatena.ne.jp/y1kirihara/20141203
「また銚子へ」