ミュージシャンのインタビュー記事

技術的記事を「その筆者の音楽の考え方、捉え方の癖みたいに読んでいる」と書いたが、もっと単刀直入に、そのミュージシャンの音楽感そのものが記事になっているのが、インタビュー記事だ。 
実はこのインタビューは、インタビュアーの実力、すなわち質問力というか、記事の構成力といったもので、面白くもなるし、逆につまらないものになってしまったりする。
ギタリストにとってのインタビュアーはやはりギタリストの方がいい。だから、ギタリスト対談記事なんかはすごく面白いものが多い。
インタビュー記事で興味を持って読むのは、もちろん「そのミュージシャンがなにを表現しようとしているか」なのだが、もうちょっと突っ込んで「表現するときになにを考えて、なにをみて」というところを読み取りたいとも思う。この答えとして、よく語られているのは、「自分の憧れの音楽」がある。自分の好きな音楽、ミュージシャン、伝統的な流れ、といったことが紹介されたりする。そういうのを読むと、そうだろうな、と思うことが多いが、逆に、「へぇ〜そういうのが好きでこういう音楽を表現するようになるのか・・・」ということもある。また、その言及されているミュージシャンを知らなかったりして、よし、聴いてみよう、と自分の趣味を広げていく契機になることもあり、それも楽しい。いわゆる「ルーツをさかのぼっていく」みたいな聴き方ができるということだ。
またそのような「あこがれの音楽」ではなくて、「今(時代)を感じさせるもの」、「次にくるものの予感」といったことを語っているものもある。自分としては、これが一番刺激的だ。概ねこの手のものは、話ている本人自身、「うまく言葉にできない」と感じている。(だから音楽で表現している)もちろん、インタビューアーは知る由もない。そんな状況で、インタビューとして対話がなされていくなかで、「表現したいもの」の輪郭が立ち現れてくるようなものが一番面白い。なんでもそうかもしれないが、
「音楽の先達の音楽性を体得しようと思ったら、その先達の音楽のみをコピーするのでは、おそらくその先達と肩を並べることはできない。その先達と同様のものの見方をして、自分で表現するとこうなるというものをだせなければ・・・」
ということもある。自分は技術レベルは低いので、どうなるというものでもないのだが、プロ野球を見る人はプロ野球の技術はとても体現できなくてもプロ野球選手の技術が見て楽しめるように、自分では弾けない音楽であっても聴いて楽しむ方は、いろいろな聴き方をしていきたいと思うのだ。
でも、中には何いっているのか、全く理解できないものも少なくない。しかし、時々、古いジャズライフのインタビューなんかを読み返してみるとと、「その当時はなんてことないインタビューだと思ってたけど、今読むとすごい」なんていうものがある。
インタビュー記事といっても肩に力をいれて、勉強として読むわけではないが、いつもなにか「新しい出会い」のような感覚が得たいと思っている。