自分をさらけ出すこと

昨今「人前に自分を公開する」ことは、生ということにこだわらなければ、本当に簡単になってきた。もちろん、パソコンというかコンピュータ、インターネットによるところが大きい。なにしろ、自作のCDなんか、10万以下の機材でも、かつての録音スタジオ並のことができてしまう。だから、一昔前は親に
「歌手になる!!」
なんていったら喧嘩になって・・・なんてことがあったと思うが、いまは、もし自分の子供がそんなこといったら、
「よしわかった。自主制作CDでウンヶ月で1万枚うれたら、認めてあげよう。」
なんてことを言ってもいいだろう。
「やれるんだからさ、試してみれば」
ということだ。いい社会になったものだ。

また、文書であれば、自分の文書を白日のものに公開するブログは教養人のたしなみになってしまうのではないかというくらい、多くの人が始めている。アメリカで2千万人、日本で5百万人(H18.3月)といった状況だ。ブログは、インターネットに繋がるパソコンさえもっていれば、なんとタダでできる。(もちろん通信費は必要だが)

さて、ブログやっている人に
「ブログを公開するのと、自分で誰にも見せない日記書いてるのとは違いますか?」
という問いかけをすれば、きっとほとんどの方はイエスと答えると思う。人前に自分をさらけ出すことは怖いが、さらけ出さない文書より、楽しさがあるのだ。ブログで、”コメント”とか、”トラックバック”なんかで、ちょっとでも”社会(他者)”から反応が得られると、けっこううれしい。社会の中に自分の意見をいって、反応が返ってくるのは、とても刺激的だ。

自分がギターを人前で弾く楽しさはこういったことに近い。しかも、ライブ演奏の方は、リアルタイムで生の自分をさらけ出すのだ。そして、自分の演奏を自分らしくでき、それを
「よかったですよ」
などと言ってもらうと、そのとき飲んでいた2級のお酒が、いきなり特級に変わってしまうくらいうれしいのだ。ギター演奏という、
「言葉では説明できない、でもそのまま自分自身」
をみんなの前で公開し、共感を持っていただけたら・・・そして感動していただけたら…・
そういうことを肌で感じるようなステージになったら…
音楽というのは、”心の共振”を生じさせることが出来るものだと思う。シンプルだが、自分にとっては、これこそがライブが楽しい理由だ。

「ライブ聴きにいくのはやめられないね」
というのは、本当だが、
「ライブ、つまり人前での演奏は一回やったらやめられないね」(一度でも、心の共振を得られたならば)
というのも、本当に本当なのだ。